​事件の経緯報告

本件は極めて私的な環境で発生した事件でありますので、事件の経緯報告をご覧になる場合は私的な生活に関する描写が数多く記載されている旨をご了承頂き閲覧をお願い致します。

また、経緯についてはあくまで加害者視点での記載であるご認識頂ければと思います。一切の弁明は致しません。

全ての原因と罪は全て私にあると考えておりますが、事件について皆様に対してする義務があると考え、ご報告を行います。

1. 事件の概要

 

発生日時:平成31年4月23日 23時50分

​事件内容:妻に対する傷害

 

処分内容​:略式起訴による罰金刑​

2. 事件の背景

 

今回の事件には「夫婦はこうあるべきだ」という理想や妻の考え方を尊重せずに「こうするべきだ」という考え方の押し付けがあったと思っています。特に「結婚したら一生添い遂げるものだ」と考える私と「幸せになれないなら離婚も当然」と考える妻との間で結婚観の相違があった事が事件に大きく関係しています。夫婦は一番近い他人であるという考え方を持っていなかったので「家族だから困難を共有して当然だ。困難を乗り越えてこそ夫婦だ」という考え方を妻に押し付けて家庭生活を息苦しいものにしていた事が事件を引き起こすきっかけとなりました。

3. 事件の経緯

<4月10日>

夫婦喧嘩により妻が私の実家に家出をし、別居状態となりました。妻が家出先に私の実家を選んだ理由は、妻と私の母(姑)の関係が良好である事と、子供の保育園の送迎に便利である事が挙げられます。家を出た理由は、私が友人の結婚式に子供を連れて行き、帰宅が遅くなった事が許せないという事でした。

実家に赴き「選挙で最大にストレスが掛かっている状態でなぜそんな事をするのか」と妻に伝えましたが、妻にもそれだけの理由があったのだと思います。育児は完全に分担して行なっていましたが、4月に入ってからは選挙直前ということもあり、育児がほとんど出来ない状態でした。それであれば実家でサポートを受けた方が良いと、妻と母から説得され、一理あると考えました。

そして、選挙後に改めて夫婦生活をどのように進めるかを話し合う事で合意し、別居を承諾しました。

 <4月22日>

統一地方選挙が終わり、改めて今後の生活について妻と協議しましたが、妻には同居する意思は無く、生活がもう少し落ち着いてから改めて同居を考えたいと言われました。選挙期間で子供と十分なコミュニケーションが取れていなかった私は、あまり子供と会えなかった2週間の間に、子供が私に懐かなくなっていた事が大きな気がかりでした。この上で別居となると更に子供との距離ができてしまうことに恐怖を覚えました。しかし深夜であったこともあり、その日に問題を解決する事は諦めました。

 

<4月23日>

・22時頃

妻に電話をするも無視され、実家に電話をしました。すると母が電話に出て妻が既にアパートを借りている。契約も済ませていると伝えられ、完全に頭に血が上りました。選挙期間中にそこまでの事をするのであればこちらも離婚を考える。ただし、離婚裁判で不利な証拠を握られている以上、親権が妻に渡るのは間違いない事だから、せめてそれまで子供と一緒に居たいと考えて連れ帰る決心をしました。

・22時30分頃

実家に到着し、子供を連れ帰ろうとした矢先に母親から止められ、口論となり、1時間ほど口論が続きました。

・23時30分頃

口論が決着しない為、母親が「警察を呼ぼう」と言いだしました。議員は事情聴取されるだけでも新聞沙汰になるので絶対にそれは止めてくれと言いましたが聞き入れられず、妻から携帯を取り上げました。このままでは本当に警察沙汰になると考え、ここからすぐに帰ろうとしましたが、妻と母から左右の腕を捕まれて進む事ができませんでした。

 

・23時40分頃

あるタイミングで妻が私のズボンのポケットから妻の携帯を抜き取り、警察に通報するために家の外へ走って出ていきました。見失ったら大事になると考え、全力で追いかけましたが、上手く捕まえられずに2人とも転倒しました。妻の状態を案ずる余裕を持たなかった私はこの時、妻が怪我をしているとは全く思い至りませんでした。妻がどれだけ恐怖を感じたか、どれだけ痛い思いをしたのか。その点に思い至る事ができなかったのは、ただ私の未熟さ故であり、言葉にできない申し訳なさを抱いています。

・23時50分頃

子供を連れて実家を出ました。この時、母親に私の携帯電話を取られていたので、連絡手段を断たれたままでしたが、とにかく子供を休ませ無ければと帰宅し、そのまま子供を寝かしつけてました。妻の様子が気になっていましたが、いつ子供が起きるかも分からなかったので、とにかく朝まで待って家に戻ろうと考えました。

・0時頃

子供を連れて出て行った私を探すために母親が妻を伴って警察署へ向かいました。母親とすれば孫が見つかれば良いと考えての行動だったと聞いています。

<4月24日>

・6時頃

子供が起き出す時間が近くなったので、起きたら実家に向かえるように準備をしようとアパートから一旦出たところで警察が来ました。そこで妻が怪我をしている事を知らされました。携帯も手元にありませんでしたから、とにかく状況を確認したいと伝えても聞き入れられず、警察署で事情聴取をする事となりました。そのままついて行き、逮捕まで事情聴取は続きました。

・11時頃

妻への傷害容疑で逮捕されました。容疑については「怪我をさせた事は事実ですが、故意に行ったものではありません」と伝えたところ「容疑を否認」と報道されました。そこから48時間の拘留と20日間に渡る留置生活が始まりました。

<5月10日>

弁護士を通じて妻との和解が成立しました。謝罪を受け入れることや故意に転倒させた訳では無い旨を受け入れ、検察に対して宥和願い(罪を軽減するように被害者から依頼すること)を出してもらいました。妻は手術を行い療養している事や、妻の実家に戻っている事などはこの時期に知りました。

 

<5月14日>

略式起訴により罰金50万円を支払い、釈放されました。今後5年間は犯罪者名簿に名を連ねる事になり、何事も無ければそれで表面上は解消となります。しかし私の犯した罪は一生消えません。自分の罪を背負い、償いながらこれからの人生を送っていきます。

 

​4、原因と対策

今回の事件の原因は、私が高すぎる理想を持ってしまったが故に、極限のストレスの中で感情の抑制ができなかった事が原因です。理想を追う事を自分自身だけでなく、家族にも求めてしまった事が大きな間違いでした。
その結果、妻に裏切られたという思いや子供と引き離される恐怖、そして通報によって起こる社会的影響を考えた時の恐怖。それらが全て合わさって全力で走って追いかけるという結果となりました。しかし、その前段階において別居しようと決心するに至る妻の心の痛みと向き合って来なかった事が原因です。

若くして議員として選んで頂いた以上、品行方正でなければならない。仕事と両立している以上はどちらの分野でも結果を出さなければならない。共働きだから、家事もしっかりと分担しなければならない。子供が生まれたからには、育児も全力で取り組まなければならない。こうしてどんどん自分を追い詰めていってしまいました。

自分だけならまだしも、妻にも議員の妻として支えて欲しい。自分も頑張っているから妻にももっと頑張って欲しい。そんな自分本位の考え方があったのは事実です。この結果、家族がバラバラになるという最悪の結果を生んでしまいました。
 

お互いに望んでいた家庭の形があった筈なのに、そんな環境からどんどん外れていってしまったことや、どうすればお互いの関係が改善していくのかを考える余裕もなく、私が妻ときちんと向き合う事ができなかったのが今回の事件の原因だと考えています。

5、今後の議員活動について

 

今後、議員活動に関しては継続させて頂きたいと考えております。

拘留中は即辞職すべきと考えておりましたが、釈放後にお詫びに回っている中で進退について「期待している私たちの身になって行動して欲しい」「仕事で挽回して欲しい」等のお言葉を頂きました。全ての町民の皆様を裏切ってしまった私を今なお信じ、期待して頂いている方々の想いを二度も裏切る事はできません。また、妻からも「皆さんの許しを頂けるなら議員を続けて欲しい」と申し出てくれています。

家族を失い、仕事も辞めた今、ただ町の為に働く事しかできません。この4年間の任期だけは全うさせて頂きたいと思います。

将来の為に一旦ここで身を引いて臥薪嘗胆すべきだと言うアドバイスも数多く頂きましたが、このような事件を起こしてなお将来の立身出世を望む事はしておりません。ただ、期待して頂いている方々のためにより良い町を創っていくことを償いとしていきたいと考えています。

しかし、政治家としてのけじめは必要だと感じています。そこで一定期間の議員報酬を全額返上して活動していきたいと思います。議員による寄付は公職選挙法違反となりますので、任期の間は供託という制度を活用して国に報酬を預け、然る後に返上していきます。これをもって議員活動を継続していくことをお許し頂きたいと思います。

 

以上

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